日々のあれこれ。
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誕生日です!
2009夏休み小旅行
さて、夏休みを利用して広島方面を観光してまいりました。
津和野
島根県です!私はずっと山口県だと思っていました、お恥ずかしい…
丁度SLが来たようですが、音はするもののSL自体を見ることは出来ませんでした。
見物人が多かったので、やっぱり愛好家というのはいるものですね。
殿町の水路。立派な鯉(=太った鯉)が泳いでいます。
↓↓

前来た時は気に留めてなかったのですが、カトリック教会があります。
武家屋敷が並ぶ中で不思議な感じがします。
津和野カトリック教会
長崎浦上村のキリシタン信徒を改宗させるために
幕府が津和野藩に預けた信徒は153名であった。
信徒達は乙女峠(津和野駅西方)の廃寺に収容され、明治6年に帰された。
ということで、彼ら殉教者の慰霊の為にマリア像が建立されたんだそうです。
津和野町役場津和野庁舎には大岡家老門が使われていて不思議な感じがします。
太鼓谷稲成神社
普通のいなりは「稲荷」だけど、
ここのいなりは「稲成」と書くそうで、
事が成るてことで、お願い事に効くそうです。
原爆ドーム・平和公園
中学の時にも訪れたことのある平和公園。
私はとにかく原爆が恐くて腹立たしくて、
今まで極力避けてきた場所。
でも、最近、
「ヒロシマ、60年の記憶」や「てれんぱれん」を続けて読んで、
写真から受ける強烈な印象とは違った感想を持つようになったのです。
平和公園は広く、人々はのびのびと寛いでいて、
訪れる人も多国籍で、なんなんだココは…とくらっとしました。
原爆というアピールなんて関係なく、
憩いの場として機能してるじゃないか、と。
上手くいえないけれど、何故だかほっとしたのです。
今まで負の印象でしか捉えてなかった憑き物が落ちたというか。
でも、資料館には入りませんでした。
写真資料は、原爆投下の実験と使われた結果の証拠だし、
歴史的資料というよりは、実験資料の印象が強く、
後世に伝えるためには効果的でしょうが、
無残な姿を写真に撮りやがって!という感情があるのも確か。
そして、写真の奥に文章で読んだ悲惨な記憶が見え隠れして、
それがきついのも確か。
私の恐怖の原点といってもいいかもしれません。
人間がその形を失って、それでも尊厳を訴えるとか、
そういうのが堪らなく恐いのです。
縮景園
丁度閉園時間だったようで、中に入ることはできませんでした。
原爆投下後の避難区だったようです。
この距離をこの暑さの中移動したのか…と考えてしまいます。
通り道に学校があったのですが、
その敷地のフェンスを一部切り取るようにして「折り鶴の碑」がありました。
平和の子の像のモデルの佐々木禎子さんの母校だそうです。
この折鶴の話で、千羽に足らずに亡くなったというのは脚色上の話のようですね。
まぁ、日本人が好きそうな設定だと思います。
でも、実際の折りかけの鶴の話等を見ると、その気持ちを考えて切なくなります。
広島城
城跡公園ということで、お堀内に城跡と天守閣があります。
お堀にはカメが泳いでいました。
広島にも路面電車があるのですね。
熊本よりも路線が多く便利そうでした。値段は一律150円。
大和ミュージアム
軍艦大和の1/10モデルがあります。
「一億総特攻のさきがけ」って、結局無駄死にだよな。
最近になって特攻の美学って結局は自己満足なんじゃないかと思うようになりました。
「回天」なんて思っていたよりも細く長い代物で、ゾッとしました。
連れに、「これで特攻なんて抗議するよ!」と息巻いたら、
「今は多分殆どの人がそう思うよ」と言われ、そうだよなーと思ったのです。
こんなもんのために訓練を受けたんじゃない!と思っても、
拒否権がない(あっても使えない)というのは、とても、何と言うか悲劇的ですね。
でも、何の為に訓練したのか、といえば、
国を守るためで、
国を守る為に何をするか、といえば、
敵を殺すということになるわけで、
つまりは戦争なんてやめちまえよ!と思うのです。
もぅ、ね。
あれですよ。
軍事的な設備の競技会を行って、それで優劣つければいいのですよ。
機能美だけ競えばいいのだ!と私は思います。
競争のあるところにのみ、技術革新が生まれるのですよ。
…それでは効果を計れないというのは、まぁ置いといてですね…ごにょごにょ。
てつのくじら館
海上自衛隊に対する理解の促進並びに地域との共生に貢献することを目的とした施設。
潜水艦の内部なんかを見ることが出来ます。
内部の設備で三段ベッドがあって、寝てみたのですが、
これはちょっと…狭いよなー。ホント眠るだけのベッドって感じです。
二段目なんて潜り込むように入らないといけません。
私の体格でそんななので、男性だったらもっと大変だろうなと推察出来ます。
慣れなんでしょうかねぇ?
「広くは無いが、充分な広さはある」と聞いていた潜水艦内部ですが、
この中に約75名も入ってたのかー…と思うと、ほぅ!と思ってしまいます。
展示は一部なので、そこまでの密集度はないのでしょうけど…
喧嘩できないよなー逃げ場ないもんなーやっぱり食事が大事だなー
なんてことを思っていました。
まー、こういう事を思う私は適性検査で落とされるのが関の山でしょうけどね、はっはっは。
ちなみにこの内部を見たのです→潜水艦「あきしお」屋外展示
安芸の宮島・厳島神社
宮島に行くためにはフェリーに乗ります。
船ですがJRです。片道大人170円。10分程度の移動です。
船を下りて、鹿がいるのを目にして、あぁそうだ鹿がいるんだった!と思い出しました。
ここも中学の修学旅行で来た場所です。
「秋の宮島もきれいらしいよー」「へぇ、『あきの宮島』っていうもんね」
なんていう、噛みあってない会話をしてる人を追い越し厳島神社へ。
ここも多国籍に人が多く、手を清めるにも人が多くて出来ません。
記憶よりも廻廊は長く、鳥居は遠くに見えこんなに広かったっけ?と思いました。
丁度引き潮だったので、大鳥居の下まで歩いていくことができました。
「大鳥居」高さの16m、重量は約60t。八代目だそうです。
さて、私はどこでしょう。
↓↓

根元は海底に埋められているわけではなく、松材の杭を打って地盤を強化し、
箱型の島木の中に石を詰めて加重するなど、
先人の知恵と工夫によって鳥居の重みだけで立っています。
宮島websiteより引用
鹿に鹿せんべいでも…と思って聞いてみたのですが、
もう販売は中止しているそうです。
せんべいに限らず、食べ物を与えること自体が禁止されてるようでした。
あの観光客の量を考えたら、そうですよね。
太った鹿なんて見るからに不健康そうだもんな。
今年5月に生まれたという子鹿も見ることが出来ました。
そうそう。揚げもみじ饅頭を食べたのです。
私が食べたのはクリーム味だったのですが、これがまた美味しくて。
もみじ饅頭である意味は全くないのですが、とても美味しく食べることが出来ました。
食事後でもペロリでしたよ!
連れは餡子味を食べたのですが、「うぅん…普通?」と言っていました。
それを聞いて、クリーム食べて正解だった!と心の中で思ったのでした。
岩国・錦帯橋
ここも中学の修学旅行で来たことがあります。
中学の時はひねくれた子で、「ただの橋でしょ?フン」なんて思ってたのを覚えています。
全長193.3m、幅員5.0m、橋台の高さ6.64m 大人300円(往復)
橋のアーチ部分は階段状になっています。
遠くから見ていて、滑らないのかな?と不安に思ったのは杞憂でした。
橋を渡った向こう側には佐々木小次郎の銅像があります。
なぜ小次郎?と疑問に思ったのですが、
吉川英治の小説『宮本武蔵』で、小次郎の出身地を岩国と設定したからだそうです。
が、wikipediaでは以下の通り。
豊前国田川郡副田庄(現福岡県田川郡添田町)に生まれ、
副田庄の有力豪族佐々木氏の一族とされる説と、
越前国(現福井県)福井市出身という説がある。
1776年(安永5年)に熊本藩の豊田景英が編纂した『二天記』では
越前国福井出身と記されており、
「秘剣燕返し」は福井にある一乗谷で身につけたとされている。

ツバメ返しの構えの像らしいです。
日傘を同じように構えて写真を撮ってもらいました。ベタですか、そうですか…
慌しい旅行でしたが、お天気も(良すぎるくらい)良く楽しく見て回ることが出来ました。
旅行はいいですね。
退屈な移動時間さえ、思い出すと良かったものに思えてしまいます。
津和野
島根県です!私はずっと山口県だと思っていました、お恥ずかしい…
丁度SLが来たようですが、音はするもののSL自体を見ることは出来ませんでした。
見物人が多かったので、やっぱり愛好家というのはいるものですね。
殿町の水路。立派な鯉(=太った鯉)が泳いでいます。
↓↓
前来た時は気に留めてなかったのですが、カトリック教会があります。
武家屋敷が並ぶ中で不思議な感じがします。
津和野カトリック教会
長崎浦上村のキリシタン信徒を改宗させるために
幕府が津和野藩に預けた信徒は153名であった。
信徒達は乙女峠(津和野駅西方)の廃寺に収容され、明治6年に帰された。
ということで、彼ら殉教者の慰霊の為にマリア像が建立されたんだそうです。
津和野町役場津和野庁舎には大岡家老門が使われていて不思議な感じがします。
太鼓谷稲成神社
普通のいなりは「稲荷」だけど、
ここのいなりは「稲成」と書くそうで、
事が成るてことで、お願い事に効くそうです。
原爆ドーム・平和公園
中学の時にも訪れたことのある平和公園。
私はとにかく原爆が恐くて腹立たしくて、
今まで極力避けてきた場所。
でも、最近、
「ヒロシマ、60年の記憶」や「てれんぱれん」を続けて読んで、
写真から受ける強烈な印象とは違った感想を持つようになったのです。
平和公園は広く、人々はのびのびと寛いでいて、
訪れる人も多国籍で、なんなんだココは…とくらっとしました。
原爆というアピールなんて関係なく、
憩いの場として機能してるじゃないか、と。
上手くいえないけれど、何故だかほっとしたのです。
今まで負の印象でしか捉えてなかった憑き物が落ちたというか。
でも、資料館には入りませんでした。
写真資料は、原爆投下の実験と使われた結果の証拠だし、
歴史的資料というよりは、実験資料の印象が強く、
後世に伝えるためには効果的でしょうが、
無残な姿を写真に撮りやがって!という感情があるのも確か。
そして、写真の奥に文章で読んだ悲惨な記憶が見え隠れして、
それがきついのも確か。
私の恐怖の原点といってもいいかもしれません。
人間がその形を失って、それでも尊厳を訴えるとか、
そういうのが堪らなく恐いのです。
縮景園
丁度閉園時間だったようで、中に入ることはできませんでした。
原爆投下後の避難区だったようです。
この距離をこの暑さの中移動したのか…と考えてしまいます。
通り道に学校があったのですが、
その敷地のフェンスを一部切り取るようにして「折り鶴の碑」がありました。
平和の子の像のモデルの佐々木禎子さんの母校だそうです。
この折鶴の話で、千羽に足らずに亡くなったというのは脚色上の話のようですね。
まぁ、日本人が好きそうな設定だと思います。
でも、実際の折りかけの鶴の話等を見ると、その気持ちを考えて切なくなります。
広島城
城跡公園ということで、お堀内に城跡と天守閣があります。
お堀にはカメが泳いでいました。
広島にも路面電車があるのですね。
熊本よりも路線が多く便利そうでした。値段は一律150円。
大和ミュージアム
軍艦大和の1/10モデルがあります。
「一億総特攻のさきがけ」って、結局無駄死にだよな。
最近になって特攻の美学って結局は自己満足なんじゃないかと思うようになりました。
「回天」なんて思っていたよりも細く長い代物で、ゾッとしました。
連れに、「これで特攻なんて抗議するよ!」と息巻いたら、
「今は多分殆どの人がそう思うよ」と言われ、そうだよなーと思ったのです。
こんなもんのために訓練を受けたんじゃない!と思っても、
拒否権がない(あっても使えない)というのは、とても、何と言うか悲劇的ですね。
でも、何の為に訓練したのか、といえば、
国を守るためで、
国を守る為に何をするか、といえば、
敵を殺すということになるわけで、
つまりは戦争なんてやめちまえよ!と思うのです。
もぅ、ね。
あれですよ。
軍事的な設備の競技会を行って、それで優劣つければいいのですよ。
機能美だけ競えばいいのだ!と私は思います。
競争のあるところにのみ、技術革新が生まれるのですよ。
…それでは効果を計れないというのは、まぁ置いといてですね…ごにょごにょ。
てつのくじら館
海上自衛隊に対する理解の促進並びに地域との共生に貢献することを目的とした施設。
潜水艦の内部なんかを見ることが出来ます。
内部の設備で三段ベッドがあって、寝てみたのですが、
これはちょっと…狭いよなー。ホント眠るだけのベッドって感じです。
二段目なんて潜り込むように入らないといけません。
私の体格でそんななので、男性だったらもっと大変だろうなと推察出来ます。
慣れなんでしょうかねぇ?
「広くは無いが、充分な広さはある」と聞いていた潜水艦内部ですが、
この中に約75名も入ってたのかー…と思うと、ほぅ!と思ってしまいます。
展示は一部なので、そこまでの密集度はないのでしょうけど…
喧嘩できないよなー逃げ場ないもんなーやっぱり食事が大事だなー
なんてことを思っていました。
まー、こういう事を思う私は適性検査で落とされるのが関の山でしょうけどね、はっはっは。
ちなみにこの内部を見たのです→潜水艦「あきしお」屋外展示
安芸の宮島・厳島神社
宮島に行くためにはフェリーに乗ります。
船ですがJRです。片道大人170円。10分程度の移動です。
船を下りて、鹿がいるのを目にして、あぁそうだ鹿がいるんだった!と思い出しました。
ここも中学の修学旅行で来た場所です。
「秋の宮島もきれいらしいよー」「へぇ、『あきの宮島』っていうもんね」
なんていう、噛みあってない会話をしてる人を追い越し厳島神社へ。
ここも多国籍に人が多く、手を清めるにも人が多くて出来ません。
記憶よりも廻廊は長く、鳥居は遠くに見えこんなに広かったっけ?と思いました。
丁度引き潮だったので、大鳥居の下まで歩いていくことができました。
「大鳥居」高さの16m、重量は約60t。八代目だそうです。
さて、私はどこでしょう。
↓↓
根元は海底に埋められているわけではなく、松材の杭を打って地盤を強化し、
箱型の島木の中に石を詰めて加重するなど、
先人の知恵と工夫によって鳥居の重みだけで立っています。
宮島websiteより引用
鹿に鹿せんべいでも…と思って聞いてみたのですが、
もう販売は中止しているそうです。
せんべいに限らず、食べ物を与えること自体が禁止されてるようでした。
あの観光客の量を考えたら、そうですよね。
太った鹿なんて見るからに不健康そうだもんな。
今年5月に生まれたという子鹿も見ることが出来ました。
そうそう。揚げもみじ饅頭を食べたのです。
私が食べたのはクリーム味だったのですが、これがまた美味しくて。
もみじ饅頭である意味は全くないのですが、とても美味しく食べることが出来ました。
食事後でもペロリでしたよ!
連れは餡子味を食べたのですが、「うぅん…普通?」と言っていました。
それを聞いて、クリーム食べて正解だった!と心の中で思ったのでした。
岩国・錦帯橋
ここも中学の修学旅行で来たことがあります。
中学の時はひねくれた子で、「ただの橋でしょ?フン」なんて思ってたのを覚えています。
全長193.3m、幅員5.0m、橋台の高さ6.64m 大人300円(往復)
橋のアーチ部分は階段状になっています。
遠くから見ていて、滑らないのかな?と不安に思ったのは杞憂でした。
橋を渡った向こう側には佐々木小次郎の銅像があります。
なぜ小次郎?と疑問に思ったのですが、
吉川英治の小説『宮本武蔵』で、小次郎の出身地を岩国と設定したからだそうです。
が、wikipediaでは以下の通り。
豊前国田川郡副田庄(現福岡県田川郡添田町)に生まれ、
副田庄の有力豪族佐々木氏の一族とされる説と、
越前国(現福井県)福井市出身という説がある。
1776年(安永5年)に熊本藩の豊田景英が編纂した『二天記』では
越前国福井出身と記されており、
「秘剣燕返し」は福井にある一乗谷で身につけたとされている。
ツバメ返しの構えの像らしいです。
日傘を同じように構えて写真を撮ってもらいました。ベタですか、そうですか…
慌しい旅行でしたが、お天気も(良すぎるくらい)良く楽しく見て回ることが出来ました。
旅行はいいですね。
退屈な移動時間さえ、思い出すと良かったものに思えてしまいます。