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日々のあれこれ。
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2011年4月2日(土)のこと
放射線量の報道で「規定値の○倍」なんていう表現が多いせいで、夢にまで出て来た。げんなりする。
作業の指示を「あれは○倍、こちらは△倍」というふうに相対的な数値でされるというもの。分厚い冊子を持ちながら、そんなんじゃ分からないですよ、と言うけれど、言い直された指示も「■を基本として□倍」とかそんなんで、もー!と思うものだった。
分かりやすい、夢のうなされかた。
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漢字で書くと、魘されるか。
やっぱりオニの仕業だったんだな。
オニめ!

わんこが漂流しながらも助かったというニュース。
漂流する住宅屋根から犬救出
生き物を見つけたという救助隊員のほっとした様子を想像し、喜ばしいと思う。
けど。
映像を見て。
3週間も漂流していたわりには元気な様子に、ちょっとひるむ。
衰弱してないってことは食があったということで…。
それはやっぱり*****を食べたりしてたってことなのかな…などと…
そして思う。
もし、私の大切な人が極限状態で、命をつなぐ為にそういう行為に至ったとしたら、どう思うだろうかと。
逆に、私がそういう状況下でどういう行動に出るか。
映画「生きてこそ」みたいに集団なら抑制も働くだろうが、一人しかいない場合にどうするだろうかと想像してしまう。
…あ。
“抑制が働く”なんて書いている時点で、生きるためには手段を選ばないと言ってるようなものだな。はは…。

夜、チャルネイロライブ。
硬質で透明な感じがする音。


熊本城の桜を見て、だらだらして帰宅。
桜ほぼ満開。
桜並木は昼間に通りたい。
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2011年4月1日(金)のこと
トーキョー近辺の自粛がどの程度なのか気になる。
牽制して出力を抑えるようなやり方は膿が溜まるだろうよ。

都知事の政見放送。へんてこな人多い。

立ち寄ったスーパーにて。
紙パックの飲料のコーナーに「大震災の影響で入荷が間にあっておりません」の張り紙が貼ってあった。
なんて商品だろう?って気になったけれど、品名の上に張り紙があったから、特定の○○というよりは、そこらへんの棚のいくつかが入ってなかったんだろうな、と思う。
頭では知ってるし分かってるんだけど、やっぱりゾッとする。
こうやって、じわじわと品薄になって、常に閉店間近のスーパーのようにガラガラの棚になっちゃうのかな、とか。不安の広がりよりも、その光景に慣れちゃう方が先かな、とか。そういうネガティブな想像をしてしまう。
震災後、世間は余力と惰性で回ってるという感覚があって、それが私を不安にさせるんだと思う。ホントのとこはどうなんだろう?実は潤沢な供給元があって、需要に応じてどんどん湧いて出て来てるとか…。

【現場から】原発「悪く言えぬ」 避難の作業員複雑(3/29 15:24)|静岡新聞
「何もなかったこの土地に原発が建ってくれたおかげで、生業(なりわい)ができた。原発産業が絶望的になったとは思いたくない」
「放射能でしばらく漁業も農業も駄目だろうから、結局また原発に頼って再建していくしかない」
こう思っているのは住民の何割程度なんだろう…と気になる。
いや、もちろんそう思っている人がいることは否定しないけれど、それを総意みたいに言うのはどうかな、と。
なんかこういう言説で、自己責任であり同情に値せず、の方向に行ったらと思うとこわい。
でも、雇用の不安は大きいよなー、ほんとどうなってくんだろう。

…と、オロオロと憂うだけなら考えなきゃいいのにね。
私も往生際の悪いこと。
2011年3月31日(木)のこと
平成22年度ありがとう。
無事にいろいろ納まり文字通り一区切りという感じ。
私の、というかクライアントの、というか。

父の定年退職おめでとう。
同じ仕事を無事勤め上げたことに敬意を払います。

最近の眠りの質が悪くてすごく疲れる。
小刻みで浅い睡眠。
強烈に眠くても、眠りが浅く、すぐに目が覚めてしまう。
数年前にもこういうことがあって、そのときは眠剤を処方してもらったんだったなーと思う。でもアレ、飲むのすぐ止めちゃったな。眠れはするけど、ぬかるみに足をとられるような睡眠に馴染めなかったんだ。もっと弱い薬がいい、と違う薬ももらったけれど、それもイヤだったな。
なんか、目覚めたときに操り人形というか、現実にやっと帰ってきた…と思うというか、眠りからひっぺがされるような朝がイヤで。
あと作用に抗おうとしてか頭痛も感じて、それもイヤだったな。
うーむ…
不安が残っていて、ずっとどっかが緊張してんだと思う。
不安というか恐怖心かな。

まーいいや。

用紙・インキなど印刷資材の調達に苦慮――印刷業界
デザインのひきだし・制作日記|震災による影響 を読んだ。
やっぱり仕事してても、インクが…とか、紙が…とかがなんちゃらという話を聞く。
八代の製紙工場を見学したことがあるけれど、石巻はあそこの三倍程度の敷地なんだと思うと、そりゃ供給が滞るのも分かるよなーと思ってしまう。
八代の敷地でさえ、広いなーでかい工場だなーと思ってたのに、それ以上なんだもんな。働いてる人とかどうしてんだろ。
流通を考えると、やっぱり海のそばが便利がいいんだろうし…うぅむ。
これから、フリーペーパーとかそういう系はどうやりくっていくんだろうね?
(フリーペーパーといえば、東京で配られるなんかのフリーペーパーに名前が載ると教えてもらいました。便乗して、という感じですがそれでもこそばゆくて嬉しいですね。熊本である演劇のチラシの件でです)

東北方面隊震災対処訓練「みちのくALERT2008」
それだけの被害を想定されたというか、危惧されてた地域だったんだなーと思う。
津波対策をあれだけやって、そこまで危機感を持っていて、それでもその土地に住み続けるというのはどういう心境なんだろう、と思う。
そこまで土地の束縛って強いのかしら、と。

NHK教育番組|デザインあ
ストップモーションの映像ってやっぱ好きかも。
柑橘系の果肉の部分が好きだったな。

65daysofstatic 'Radio Protector'

このPV見ると、みんな活動して、自分の生活護ってるんだーと思えてくる。
がんばろう!とかじゃなくて、やれることしなきゃな…という気分になる。
2011年3月29日(火)のこと
このスレのまとめを読むまで、被曝の悲惨さを認識していなくて、自分の想像力の無さに唖然とした。
何のための原爆資料館だよ、と自分に腹立たしく思う。
悲惨なのは爆撃直後だけじゃない。
原爆の記録でも、直後の地獄絵図はよく描写されるけれど、その後に続く被曝者の苦悩についてはあまり出回らない。
そうなんだよね、そうなんだよ。
致死量浴びちゃうほうがラクな場合もあるんだよな…。

東海村臨界事故と度重なる延命治療により生き地獄をさまよった大内さんが亡くなって、もう10年

実は、反原発という考えはまったくなくて。
どちらかといえば、原発のある地域を広範囲に立入禁止にしてでも発電をしつづけるべきだという考えだったのだけれど。
ここにきて考えが揺れる。
やはり制御出来ない物体を扱うべきじゃないんじゃなかろうか。
手に余るものを背伸びして使っているだけじゃなかろうか。

でも、例えば。
もし。
原子力発電をこれから先続けるべきか、否かというアンケートを取られたとしたらと考える。
有りや 無しやの二択ならば「無し」
要るか 不要かの二択ならば「要る」

いっそのこと核自体を神格化してしまうとかね。あはは。…はぁ。

東日本大震災:福島第1原発事故 「造血幹細胞」の採取保存が可能 がんセンター提言
福島第1原発:造血幹細胞の事前採取に疑問 英客員教授

やれることはやって臨んだほうがいいと思うけど…。
私が作業員の家族ならば、万が一にかけて一縷の望みをつないでおいてほしいと思う。

…うーむ。
まぁいいや、考えても仕方ないことはおしまい。

今日は、久しぶりに明るい時間帯に帰宅した。
読みかけの小説を少し読み進めた。
2011年3月28日(月)のこと
考えのきっかけ、漠然とした思考の流れ。

togetter:「原発のない普通の国で暮らしたい」人は、どこまで我慢を強いられることに耐えられるのか?

漠然と思っていることを言葉にしてあると、だよね…と消極的同意をする。
我が意を得たり!というようなんじゃなくて、やっぱ考えはそうなるんだよね、だよねぇ…という感じ。
コメント欄の“現実に行動するより、夢を熱く語る方が痛くも苦しくもないし楽しいよね。”というのが結構くるな。外野は何を言ってもノイズでしかなくて、結局は自己満足なんだよなーと虚しくなるね。

これは、ちょっと前の記事。
今の放射線は本当に危険レベルか、ズバリ解説しよう
“暫定規制値というのは、影響を受けやすい子供が、大量に摂取したときのことを想定して考えられた基準なので、とても保守的な基準です。
イメージとしては100万分の1の危険を防ぐような発想です”
という言葉に妙に納得してしまった。
やっぱり不安な人は数値そのものに怯えてるんだろうな。
報道されなかったら、多分、気付かずに過ごすだろうにね。
影響が分かるのは10年…20年後くらいかな。長いよな。
食の安全について、「我が子のこの先の行く末」というふうに思うと過剰に反応しちゃうのは仕方ないよなーと思う。
過剰に防衛するのと、楽観視するのとどちらが正しいのか分からないのやっぱり恐いよね。

震災地で家畜がうろついてる
野生化した家畜が、放射能で巨大化、とかミュータントタートルズみたいな事を考えたけど、巨大化というならゴジラかな。
ブタとか結構大きいから道で出会ったらやっぱり恐怖だろうね。
道端にブタなんて、一瞬牧歌的だなと思ったけど全然そんなんじゃないね。野良というか野性はこわいよ。

防災の教え、命救った 釜石「津波てんでんこ」生かす 小中学生、高台へ一目散
助かりたいという本能では、若い子の方が優れているのかもしれない。
護りたいものが自分だけという状況はサバイバルの条件下では最強だろう。
生きる意味とはなんて小賢しいことを考えずに、とにかく生きていこうと思う事。
自分を納得させる為に、スピリチュアルなことを感じたり、サードマン的な事を信じたり、とにかく生き残った意味を探る時間も必要だろうと想像する。
在るがままに在ることの難しさを感じるよ。

エリザベス・テイラーさん最後のジョーク、「自分の葬儀に遅刻するわ」
私もこういう年の取り方をしたいな。
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